濁流と鬼



 始めはしとしとと降っていた雨がいつしか嵐となり、恐ろしい轟音を響かせました。
暴風にガタガタする家の音、ツブテごとき雨音、木々が折れて水に流される音が聞こえてきます。
それはあたかも神の逆鱗に触れ、そのために罰としてこの世に地獄を出現させたかのようでした。
 この嵐が止む頃には、家々は流され、作物はすべて食べられなくなるでしょう。
昔からこんな嵐が続いていました。
ですから毎年、このあたりの村々では少女をいけにえにしてきました。
少女を犠牲にすれば、少しでも早くに嵐が止むと人々は思ったからでした。
いけにえにされた少女以外は。

 今日、一人の少女がいけにえにされる事になりました。
村長からも、親しい人たちからも家族からさえそうなるのを望まれたのです。いけにえになるしかありませんでした。
 元は、低い所だった土地はすべてを飲み込んむ濁流と化していました。少女は、そこに飛び込むのです。
それは餓鬼の胃袋のように何もかも食い尽くすように思え、たとえ飛び込んでしまっても無駄なのは明らかでした。
今までの犠牲となった少女たちは、嵐を止めたと言ってもそれは単に嵐が過ぎ去ってしまったからなのは間違いありません。
それでも少女は飛び込みました。
みんながそれを願うから。

 濁流の中に見を投げ、少女は流れにもてあそばれ、五感は一切働かず体がバラバラになったように感じるだけ。
何か考える事も、思う事も、村人たちの無事を祈る事もできません。


 苦しさも感じなくなりました。


 目の前は、暗闇でした。
それは、ただ自分が目を閉じているだけだと気づき、少しづつ開けていきました。
目前に、顔を歪めた少女たちがいました。
濁流の中、苦しみ続ける少女たちがいたのです。
 今さっきいけにえになった少女は、はたと気づきます。彼女たちは今までいけにえにされた人たちだと。
昔見たことのある年長のいけにえにされた人もいた事からも明らかでした。
 そして感じました。
いけにえにされた少女たちの怒りと恨みを。
再び濁流に飲まれたような錯覚をするほどの感情でした。
無駄な事をなぜするのだという自分たち同じ境遇に立たされた少女たちを思うあまりの怒りでした。
それが今日の嵐でとうとう爆発したのです。
 彼女たちは死後にその怒りと恨みのため、水の中に生きる鬼となりました。
一人づつなら弱い鬼と化した少女でしかないのですが、それはいつしか驚くほどの人数となり濁流という怒りが、村々を襲ったのです。
 今日いけにえになった少女にそのような怒りはありませんでした。ですから怒りを抑えようとしましたが、それは叶いませんでした。



 村々はなくなりました。
川は元のせせらぎを取り戻し、荒れた土地にも草花が生えてきました。
水中の鬼となっていた少女たちも、山の木々が大きくなる頃には成仏していきました。
 そして村人たちに特段悪意を持っていなかった、少しばかりの少女たちはもうあんな事が起こらないように願い、祈る水神となりました。
 もう、川は濁流にはなりませんでした。




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